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2017年11月27日 公開

NONA REEVES Vo. 西寺 郷太さん

若いころかたくなだったからこそ、
今があるのかもしれない。

NONA REEVES Vo. 西寺 郷太さん
取材協力/クロスホテル札幌(札幌市中央区北2条西2丁目23)
ポップでソウルフル、独自の音楽でファンを惹きつけメジャー・デビュー20周年を迎えた「NONA REEVES(ノーナ・リーヴス)」。
ボーカルを務めるほか、多彩なフィールドで活躍する西寺郷太さんにインタビュー。

子ども時代から音楽好きプロを目指して東京へ

バンド活動だけでなく、音楽プロデューサー、作詞・作曲家、マイケル・ジャクソンをはじめとする音楽の研究家としても幅広く活躍する西寺郷太さん。平均年齢82歳、利尻島の現役漁師が結成したHIPHOPグループ『リーシリーボーイズ』に楽曲を提供したことでも話題となった。
京都の出身で、子どものころからテレビの歌番組が大好き。小学生で作曲をしていたというから早熟だ。英語教師だった父がマイケル・ジャクソンやプリンス、ワム!など、洋楽のレコードをよく買ってくれたこともあって「音楽に詳しすぎて、中学・高校では浮いていたと思いますよ。同級生とはなかなか話も合わなかったし、変なヤツだと思われていたんじゃないかなぁ」と笑いながら振り返る。
実家がお寺だったため、小学生のころからお盆やお正月になるとお経をあげる手伝いをし、お小遣いをゲット。「今にして思えばあれが最初のバイトかな?」もらったお金はギターやドラムマシン、レコードなどを買うのに使ったそうだ。
早い時期からプロを目指していた西寺さんは「たくさんのプロミュージシャンに出会いたい」という理由から東京行きを決意、早稲田大学に進学した。本格的なバイトはこのころからで、最初に働いたのは大学近くの音楽スタジオ。もちろん音楽仲間と知り合えるのではないかという期待からだ。実際にこのスタジオで音楽仲間と出会い、大学でもプロになる前のライムスターやゴスペラーズ、土岐麻子さんといったミュージシャンとも知り合って、現在も交流が続いている。
「楽しかったんですけどねぇ。併設のカラオケボックスに友達が来た時に、2時間以降の料金をカウントしなかったのがバレてクビになりました(笑)」
次に選んだのは先輩に紹介されたレーザーディスク屋で、自分でBGMを選べたため、毎日のように大好きなマーヴィン・ゲイやソウルミュージックを流していたそうだ。また、イタリア料理店のバイトでは、注文を覚えるのが苦手で早く帰りたいあまり、帰るお客さんに「ありがとうございました!」と言うべきタイミングで「お先に失礼します」と心の声が出てしまい「お前、まだ帰れないぞ」とあきれられた思い出も。

音楽知識と英語能力で夢のような体験も!

そして「特に印象に残っている」というのがライブ会場でのバイトだ。心酔してやまないマイケル・ジャクソンが1992年のデンジャラス・ワールド・ツアーで来日した時には1万円のチケットを買って2回観に行ったが「もっと観たい!」という思いが募り、ライブ会場のスタッフとなった。最初のうちは一人のバイトとして機材の搬入出や警備など雑用をこなすだけだったが、ミュージシャンに関する膨大な知識があることや、留学経験もあって英語が堪能なことから次第に重宝され、日本人スタッフとマイケルのサポートミュージシャンの橋渡し的役割も任されるように。「マイケル・ジャクソンの真裏でステージを見て、体を斜めに傾けるパフォーマンスの仕掛けを目の当たりにしたのは一生忘れられない体験になりました」と目を輝かせて話してくれた。この時、マイケルのバックバンドを務めていたリッキー・ローソンからはドラムヘッドをプレゼントされたそうで、それは今も宝物なんだとか。
「みんながマイケルばかりを見ているのに、当時18歳の少年だった僕が彼を知っていたのがうれしかったんでしょうね。見た目は普通のドラムヘッドなので、リッキーのものだとは僕以外の誰にも分からないんですけど。サインでももらっておけば良かったかな」

すべてを抱え込まず人に任せることも大切

バンドメンバーである奥田健介さん、小松シゲルさんと大学で知り合い、卒業後2年足らずでメジャー・デビューを果たした西寺さんの、最後のバイトは印刷会社。
「Macのパソコンが安くなり始めたころでした。僕が描いた絵を先輩がMacでポスターにしてくれたんですよ。それを見た印刷会社の人が電話をかけてきて、デザイナーのバイトをしてほしいって。Macの操作なんて全然出来ないって言ったのに謙遜だと思われて、通い始めたらすぐに“ほんま、お前なんも出来んな…”って。思わず“言ったやないっすか!”って言い返しちゃいました(笑)」
ここで覚えた技術を生かして、デビュー後はCDのバーコードや帯なども自分で作っていた、という西寺さんだが、これには反省もあるのだとか。
「何でも自分で出来る自信があって、デザイナーや監督もいるのに、ジャケットやプロモーションビデオを自分で作ったり、プロデューサーをつけられることに反発したり。実際、自分だけでやれていたんですが、人を信頼して任せることも必要だなと今になって思うんですよ。何でもかんでも自分でやってしまうことが、協力してくれる人を拒むことにつながり、時として協力者を減らしてしまうので…。おまけに“自分で出来るだろう”と予算まで減らされたりしてね」
現在、音楽プロデューサーとして若いアーティストたちにアドバイスをする中で、反発されることもあり「自分にも経験があるのでそういう気持ちがよく分かる。若いころかたくなだったからこそ、今があるとも言えるし」と西寺さんは話す。バイトも含めいろいろな立場に立ってみたり、向き不向きを知ったりすることがきっと将来の財産になりますよと話してくれた。

★西寺郷太さんの思い出バイト★

音楽スタジオ
カレーを出す仕事もあり「好きなだけ食べて良い」と言われて食べたら「食い過ぎ!」と叱られました…。
レーザーディスクショップ
松竹ビデオセンターのすぐ近くの店で、志村けんさんや三谷幸喜さんもよく通ってくれていました!
印刷会社
「同じ場所にいると眠くなる」という自分の習性に気付き「会社勤めは無理」だという結論に至りました。

<プロフィール>
NONA REEVES

1995年に西寺郷太が「ノーナ・リーヴス」の名で活動を開始し、大学で同じ音楽サークルに所属していた小松シゲル、奥田健介が加入。1997年ワーナーミュージック・ジャパンからメジャー・デビュー。ソウル、ファンク、80'sポップスなどに影響を受けた独自の音楽スタイルで支持を集める。西寺は音楽プロデューサー、作詞作曲家、執筆、MCとして、奥田は作曲家およびレキシやCoccoなどのギタリストとして、小松は佐野元春、YUKI、オリジナル・ラブなどのサポート・ドラマーとして、バンド外でも活動中。
公式サイト

<インフォメーション>

●最新リリース情報
「MISSION」
■WPCL-12781 3,000円(税抜)

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